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精神世界のお話し中心です。 ゆっくり、ゆっくりと耕していくことが肝心です。
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  • 「ここ」という始まりの在りよう次第で、「そこ」という終わりの在りようも変化する。
    『ルーミー詩撰』メヴラーナ・ジェラールッディーン・ルーミー
    ★★★
    ここは多くの言葉も使いませんし、その内容も然したる確証もないものばかりです。

    言葉を紡ぐのが大変重荷に感じる者が書く内容ですので、

    偉大な先哲の名文をお借りし、助けてていただいたりもしております。

    私が紡いだ記事自体は、なんの花もなく朴訥としたものです。

    どうか・・・訪れた方の記憶に何も残らず・・・

    後味もなく立ち去って行かれますことを心より祈ります。

    ★★★
    Rumi: Sufi Poem

    ★★★
    祈りを貪るものたちは、野のユリよりも美しく、着飾ることを知っている。

    「常に各瞬間、現象は目の前で起こっている。その目の当たりにしている現象を人は決して変えることはできず体験するしかない。」

    このことを忘れているためにいつまでたっても、どこまでいっても人は進歩することはない。

    見た目には新たなことが起こっても、本質的には同じことの繰り返しに終始する。

    魂からすれば、それは本当に疲れはててしまうだろう。

    魂からすれば、あきれて何も言えないだろう。

    感情が沸き起こり、思考が駆け巡り、心が騒ぎ出し収集がつかない混乱状態だ。

    でもね。それを見つめ、聞いて、嗅いで、触って、味わっているのは何者だろうか?

    心を感じとっているのは何者だろうか?

    もしも。

    もしも、そこに気が付いたら、その地点に留まっていればいい。

    そこから見渡すときに初めて「ありのまま」ということが俯瞰できる時がくるから。

    そこから目を瞑れば、瞑想になる。

    そこから目を開ければ、瞑想になる。

    そこから、見れば瞑想になる。

    そこから聞けば瞑想になる。

    そこから嗅げば瞑想になる。

    そこから触れば瞑想になる。

    そこから味わえば瞑想になる。

    その地点は本当に何もない。

    何かが統合されたものでもない。

    それは、本当になんでもない。

    だからこそ、なにも知らない。

    だからこそ、なにも所有していない。

    だからこそ、成長を求めてこの地球に人として生命することを決意してやってきたんだろ?

    だからこそ、父でもなく母でもなく、神でもないそれは、我らに「体験すべき現象」を送ってきてくれる。

    絶え間なく、一瞬の途切れもなく我らに「体験すべき現象」を送ってきてくれている。

    この基本をいつの間にか忘れてしまったので、「引き寄せられるもの」と「引き寄せられないもの」の狭間で無様に揺れ動き、

    瞑想の中では「光や芳しい光景と体験」と「影のように忍び寄る不安と恐怖の体験」の狭間で無様に揺れ動くだけのイメージごっこに終始する。

    あげくの果ては、他者に自己の成長を明け渡してしまう。

    せっかく現在の地球の中で、一番自己の成長に適した場所この日本に生まれているのにもったいないことだと思う。

    本当にもったいない。

    もったいないな。

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