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精神世界のお話し中心です。 ゆっくり、ゆっくりと耕していくことが肝心です。
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  • 「ここ」という始まりの在りよう次第で、「そこ」という終わりの在りようも変化する。
    『ルーミー詩撰』メヴラーナ・ジェラールッディーン・ルーミー
    ★★★
    ここは多くの言葉も使いませんし、その内容も然したる確証もないものばかりです。

    言葉を紡ぐのが大変重荷に感じる者が書く内容ですので、

    偉大な先哲の名文をお借りし、助けてていただいたりもしております。

    私が紡いだ記事自体は、なんの花もなく朴訥としたものです。

    どうか・・・訪れた方の記憶に何も残らず・・・

    後味もなく立ち去って行かれますことを心より祈ります。

    ★★★
    Rumi: Sufi Poem

    ★★★
    祈りを貪るものたちは、野のユリよりも美しく、着飾ることを知っている。

    補助:2

    初めは不安になるかもしれません。

    彷徨う心を静めようと、何かに集中するかもしれません。

    これはいけないと様々な思考を作り出すかもしれません。

    それはそうですね。

    彷徨い流離っていたのが今の現状なのですから。

    帰る場所は自分にしかありません。

    重荷を下ろせばそれで充分です。

    あなたが行う「目を瞑り座る」ことを信じてやってください。

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    ルカによる福音書 第15章11~24節

    また、イエスは言われた。

    「ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前を下さい。』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。

    何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、全財産を無駄使いしてしまった。

    何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。

    それで、その地方に住むある人の所に身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。

    彼は豚の食べるイナゴ豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人は誰もいなかった。

    そこで、彼は我に返って言った。

     『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどのパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にして下さい」と。』

    そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。

    ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて隣(あわ)れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。

    息子は言った。

    『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』

    しかし、父親は僕(しもべ)たちに言った。

    『急いで一番良い服を持ってきて、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履き物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れてきて屠(ほふ)りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』

    そして、祝宴を始めた。

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    木霊 by 浜田省吾
     

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