忍者ブログ
精神世界のお話し中心です。 ゆっくり、ゆっくりと耕していくことが肝心です。
2017 . 11
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 「ここ」という始まりの在りよう次第で、「そこ」という終わりの在りようも変化する。
    『ルーミー詩撰』メヴラーナ・ジェラールッディーン・ルーミー
    ★★★
    ここは多くの言葉も使いませんし、その内容も然したる確証もないものばかりです。

    言葉を紡ぐのが大変重荷に感じる者が書く内容ですので、

    偉大な先哲の名文をお借りし、助けてていただいたりもしております。

    私が紡いだ記事自体は、なんの花もなく朴訥としたものです。

    どうか・・・訪れた方の記憶に何も残らず・・・

    後味もなく立ち去って行かれますことを心より祈ります。

    ★★★
    Rumi: Sufi Poem

    ★★★
    祈りを貪るものたちは、野のユリよりも美しく、着飾ることを知っている。

    2009年10月31日追加・修正


    あなたは、その時、その時に応じて様々に判断し選択しているとするならば。

    そして常にそこには「自由」という現実が在るとするならば。

    何があなたを限定し、あなたの未来を作り出しているのか?

    あなたの未来を作り出しているのは、あなたなのか?それとも誰かなのか?何がそうさせているのだろうか?

    そこに実に多様な見解があり、様々な意見で溢れているとすれば、あなたは何を選択するだろうか?

    あなたにとっての真実というのは存在するのだろうか?


    ---------------------------------------------------------------------------------------


    多くの方々がアセンションについて解説され、提唱されている。

    そして多くの方々がそれらの解説や提唱に出会い、

    それらを自らの内に秘め様々に思い巡らせている。

     


    アセンションはあるのだろうか?

    それは何時おこるのだろうか?

    この方の言っていることは本当だろうか?

    私はどうなのだろうか?

    周りはどうなのだろうか?

    乗り遅れるのではないか?

    自分はすでに達成した。

    新手のカルトじゃないの?

    そういえば似たようなこと昔もテレビで放送してたね。

    等等。

     


    頭の切れる方々の中には、アセンションを一つのビジネスとして捉える方もいるだろうし、

    アセンションという事を使用し、人々の注目を集め自らを高めようとなさる方もいるだろうし、

    アセンションという事を使用し、人々を啓蒙なさる方もいるだろう。

     


    心根の素直な方々の中には、純粋にアセンションを楽しむ方もおられることだろうし、

    全てを神々の手に委ねることを選ばれる方もいるだろし、

    そこから何かを見出す方々もいるだろう。

     


    アセンションするのは、こうしたら良い。

    いや、こちらではこのように言っている。

    どちらがいいのだろう?

    こんな事を感じる方々もいるかもしれない。

     


    全く無関心の方もおられるに違いないと思う。

    他に重要なことはいくらでもあるからね。

    それに私は、自分の生活をより豊かにより良いものしていくことは、

    人として諦めるべきでないし、放棄すべきでないし、手放すべきではないと強く感じている。

     


    で、私がアセンションについて感じることはというと。

    多種多様それでいいのでは?

    と思っている。


     

    一人一人の顔立ちが様々なように、一人一人が見出す真実も違っているのならば、

    人が自ら考え、自ら感じ取り、自ら動き模索し見出した「自分の真実」には、

    自分自身を証明させる価値を持つものにもなるだろう。

     


    それは良いものだ。

    とか。

    それは悪いものだ。

    と倫理観をそこに当てはめる前に、

    ほんの少し立ち止まってみてほしい。

     


    見出したその真実はあなたの世界の一つであり、

    あなたがこれから辿る道の一因になるとするならば、

    それはやはり、あなたにとっては変えがたい価値ある真実とも言えるだろう。

    ならば、

    一人一人がそれぞれ自らの世界を持っていると言うことは言いすぎだろうか?

    一人一人が自らの世界を各瞬間ごとに作り出していると言えないだろうか?

     


    そして、あなたはzonにこんな風に質問をぶつけることもできる。

    「おいzon。それなら真理はどうなのだ?真理もまた一人一人違うのか?」

    とね。

    いや、真理という言葉を使うのは良くないのかもしれない。

    この言葉は今まで、人の歴史のなかで様々に利用された言葉でもあるから。


     

    唯一絶対なる者となるのだろうか?

    老子のように「道」とだけ表現すればいいのだろうか?

    唯一の真実とでも表現すればいいのだろうか?

     


    どちらにしても、それに出会える能力など私には欠片もない。

    私が知っているのは、私は本当は何も知らないし知らなかった。

    ということだ。 


    それでも、性懲りもなく毎日私は問い続けている。

    本当にいつになったら諦めるのだろうね。




    -----------------------------------------------------------------

    もしも、この宇宙の根源に何かの意図があるとすれば、

    それは「支配」だろうか?

    それとも「自由」だろうか?

    それとも、他に何かの意図があるのだろうか?

    PR
    意識 HOME O aeterne Deus


    Copyright © 毎日ゆっくり一歩 All Rights Reserved
    忍者ブログ / [PR]